• だしと私 2020.07.07

vol.22 料理家 室田万央里さん

食いしん坊の両親に育てられ、食に関する探究心はひと一倍。アメリカ、バリ、フランスで暮らすうちに、多国籍な食文化をミックスした料理を作るようになった室田さん。現在は、フランス人の夫と"魔の2歳児"の娘と一緒にフランスで暮らし、ケータリングを主として食にまつわる仕事に携わっています。そんな室田さんにとっての、料理やだしとは?

フランスで野菜たっぷりの

フュージョン料理を作る日本人

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室田さんが生まれたのは日本。家の中心は食で、家族3人で一緒に料理をするという環境で育ったのだそう。

「71歳の父が料理をする人で、母と一緒に料理している姿がごく当たり前だったんです。今思うと、この世代では珍しいですよね。私も小さいころからキッチンに入ってました。とにかく食いしん坊な両親で、昼ごはんを食べながら、夕飯はなににする?って話したりとか(笑)」

家族旅行の楽しみも、もちろん食。

「よくインドネシアやマレーシア、中国といったアジアを家族で旅しましたが、いちばんの目的と言ったら屋台で食べること。家に帰っては、買ってきた食材で料理するのも楽しくて。今も両親は、畑で野菜を作っては料理するという生活を送っています」

そんな室田さんも食いしん坊に育つのは当然のこと。17歳でアメリカに語学留学し、バリ舞踏に魅了されてバリに通っては舞踏を習うという青春時代を経て、今は料理に携わっているのも自然だったのかもしれません。

「バリで1年暮らしたあと、帰国してファッションの専門学校に入学したんです。その本校がフランスのパリだったので、今度はパリに留学。そのままパリのファッションブランドで働き始めました」

洋服が大好きで夢を持って挑んだファッション業界でしたが、数年後にはもともと得意だった料理の仕事をスタート。

「性格的にファッション業界は向いていなかったんでしょうね。とはいえ、ほかにできることはなかったので、まずはお弁当1個から承りますって周りに言いながら、注文が入れば電車に乗って届けてました」

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そのうちおいしさが評判を呼び、働いていたブランドからケータリングの依頼が入るまでに。

「それから今に至るまで、ケータリングはファッション業界のお客さまがやっぱり多いですね。ギャラリーのオープニングとか、ショールームでの展示会とか。とはいっても、当時はすんなり食べていけるようにはならないので、ブランドの生産管理の仕事をパートで始めました。それで生活費を稼ぎながら、休日や夜に料理の仕事を始めたんです」

その頃、今の夫となる人と出会い、結婚。

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「夫は日本食が大好きで。毎日白いごはんでいい、という珍しいフランス人なんです。妻が料理を仕事にしているのに、死ぬ前に食べたい料理はと聞けば、温泉卵と言うんですよ(笑)。旅行に行っても『ああ、ごはんが食べたい』って言うくらい。もちろんだしもすごく好きです。だしプレッソでガスパチョを作ったら大好評でした」

実はフランスに日本の鰹だしを輸出することはなかなか難しく、フランスで手に入れるのは至難の技。

「フランスで売っているだしは、調味料が入っているものが多くて。無添加のものを探すのが大変なので、いつもは日本に帰国したときに買いだめておくんです。フランス人はお肉とかブイヨンの旨味は知っているけれど、魚やしいたけ、昆布の旨味となると新鮮みたい。日本食が好きっていう人でも、添加物がたくさん入った甘い麺つゆを使ってたりする。本当のだしについて、あまり詳しくはないようです」

グルメ大国フランスですが、そこはやはり文化の違いを感じます。

「フランス人は、料理に手をかけるよりは会話を大事にする傾向がある。だから、熱々がおいしいっていう概念もないんですよね。私は麺が大好きなんですが、やっぱりゆで上がりがおいしいじゃないですか。なのに夫はあと1分でゆで上がるよと言っているのに、電話をし始めちゃったりする。よく喧嘩になりました(笑)」

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独学で始めた料理の仕事も少しずつ軌道にのり、3軒のレストランでランチを担当したりしているうちにケータリングの仕事が増え、しだいに専念するように。

「2年ほど前から料理教室も始めました。妊娠してからは、大荷物を持つのも大変なので、ケータリングは少人数にしてもらい、生まれてからは9時から16時の間にしか仕事ができないから、ますます少ない人数に。メニューも、仕込んでおけば当日は時間がかからないものなどに限るようになりました。その分、料理教室の比率を増やしています」

室田さんがオーダーをくれた家に出向いて、料理教室を開催するというスタイル。

「道具や設備が整っていない家も多いけれど、自分で家で作れるようなものを作ってほしいから、出張教室スタイルを続けていくつもりです。お客さんは日本に行ったことがある人とか、自分の家に人を呼ぶのが好きで、そのイベントとして料理教室をやりたい人とか。共働きの家庭も多く、私の周りの8割の夫婦は男性が料理を担当しているみたい。だから毎日料理をするっていう人は大雑把か凝り性かのどちらかで、テイクアウトとかインスタントもけっこう需要があります」

レッスンでは、フランスでよく知られている、お寿司や豚カツ、コロッケ、焼き鳥といったメジャーな日本料理をオーダーされることが多いとか。そこに室田さんならではの無国籍な要素をミックスした料理も加えています。

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「ショールームみたいに立派なキッチンなのに、小さなまな板とペティナイフしかないとか、お金持ちであればあるほど、自分たちで料理をしないかもしれません。また、子どもと大人の食がはっきり分かれていて、私が出張料理で呼ばれていても、子どもたちは別のものを夕方に食べさせられていたり。ワインやチーズに関する感性は素晴らしいんですけどね」

日本はあらゆる海外の味や文化を抵抗なく取り入れてきた文化がありますが、フランスは予想以上にコンサバティブなのかもしれません。

「醤油がフランスに上陸して20年近くたって、やっと調味料として使われるようになってきたくらい。だからだしと言えばスペシャルな日本食を作らなきゃ!って思うのかもしれない。でも私はだしを日本料理に使うというよりは、ブイヨンの1種として使っています。例えばトマトソースに入れてみたり。スリランカにも鰹と似たようなだしの食材があるので、カレーに使ってみることも。燻製の風味を生かして、いろいろな料理に使っています」

インスタグラムに毎日アップされる室田さんの料理は、どこの国とは簡単に言えないようなミックス感が魅力。例えばよく登場する、ピーナツバターのたれで和えて、野菜やハーブをたっぷりのせたそばサラダを作ってみた人も多いのではないでしょうか。

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「自分への宿題として、インスタグラムにも1日1つはアップしたいと思っているんです。毎日、試作とケータリングの準備をしていて、もう、ほぼ台所に住んでいます。コロナ自粛中は料理教室もケータリングもできなかったけれど、今後はオンラインでの料理教室なんかも考えていこうかなと」

実は室田さんはフランスで日本料理の本を出版していて、海外で翻訳されて売られているということもあり、海外からも要望も増えているのだそう。

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「いつか田舎に暮らしたいなという気持ちもあるんです。そうしたら、オンラインでレッスンができるのも楽しいですよね」

インスタグラムやWEBの記事を通じて、日本にもファンがたくさんいる室田さん。オンラインならば日本のファンも参加できるようになります。

「今後も野菜をたくさん使った料理を考えていきたい。アメリカに住んでいたときはベジタリアンだったんですが、今は家族のために肉料理も作るし、魚はよく食べます。でも今も、工業製品のように作られた肉や魚は食べたくないという気持ちがある。それは私個人の考えだから押し付けたくはないけれど、おいしい料理を通してお肉の消費量が減り、野菜の摂取量が増えていったらいいなと思っているんです」

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ちなみに取材翌日のケータリングは、"おにぎりが食べたい"という要望に応えて、炊き込みご飯、きのことレモンの混ぜごはん、塩おにぎり、豆腐とにんにくとナッツを揚げたトッピング、生春巻き、さつまいものクミン・シナモン風味のベイク、コチュジャンソース、チーズ、煮卵、というメニュー。メリハリの効いた構成の魅力たるや! 食べた人は肉なしと気づかないかもしれません。

いつか日本でも室田さんの料理教室開催や、料理本が出版されることを願って。

取材・文/藤井志織

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無類の食べ物好きの両親の元、東京に生まれる。17歳のときのアメリカ留学を皮切りに、インドネシア、東京を経て、現在はフランス在住。夫と娘と3人暮らし。ファッション業界で働いた後、ケータリング業に転身。料理教室やWEBでのレシピ提案なども手掛けている。インスタグラムは @maorimurota