• だしと私 2020.09.01

vol.24 スウィッチコーヒー 大西正紘さん

おいしいものを愛する人が作るコーヒー

<kabi>や<bistro Rojiura>といった今をときめくレストランで使われているコーヒーがあります。それは、目黒を始め、代々木八幡、日本橋にショップを構える< SWITCH COFFEE TOKYO >。街に多くあふれるコーヒーショップのなかでも、ぐっと食のシーンの近くに位置し、かつ、地元に根ざした日常的な存在であるという、ありそうでなかなかないコーヒーショップなのです。

オーナーの大西正紘さんにお話をうかがってみたところ、大西さんが目指すコーヒーには、なんだかやいづ善八のだしが目指すところと似ているような・・・。さて、その共通点とは?

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大西さんが<SWITCH COFFEE TOKYO>をオープンしたのは、2013年のこと。当時、なんと弱冠27歳だったとか。

「コーヒーを好きになったのは、大学生のときに飲食店でアルバイトをしていたとき。<macchinesti coffee>という店のカフェラテのおいしさに感銘を受けたのをきっかけに、そこでバイトをしながら、コーヒーの先進都市であるシアトルやポートランドを旅したりしていました。2008年には<BLUE BOTTLE COFFEE>を日本で初めて扱うと話題になった<POTLUCK at OPENING CEREMONY>のオープニングスタッフに。ここでコーヒーを一生の仕事にしようと決めたんです」

大学卒業後は、オーストラリアのメルボルンへ行き、<THE PRESEMISES>というコーヒーショップで修行。

「オーストラリアでは、コーヒーが日常的に飲まれていることに驚きました。みんなコーヒーが飲みたいことが第一で、コーヒーの背後にあるストーリーとか、よい生産者の豆だとか有名なバリスタが淹れているなんてことはその後についてくるもの。コーヒーショップの数も多いんです。日本でいうラーメン屋みたいな距離感でたくさんあって、そのなかから、気が合うスタッフがいるからとか、家から近いから、好みに合うからという理由で選んでいます」

そんなコーヒー文化は、今も大西さんが目指すところでもあります。

「もちろんこの10年くらいは高品質な豆を使っていることをうたうお店も増えてきたけれど、家で淹れるよりコーヒーショップで買う人のほうが多いくらい、身近な存在でした」

オーストラリアでは現地のラテアート大会などにも出場し、1年後に帰国してからは福岡の<ハニーコーヒー>でさらなる修行を。

「メルボルンでコーヒーについて学ぶうちに、淹れる技術だけではなく、コーヒー豆の輸入に関する知識や、焙煎技術をちゃんと勉強しようと思うようになりました。それで、昔からおいしい豆を輸入し、焙煎しているお店に行きました。焙煎は、焙煎機の使い方よりも、仕上がりを判断できることのほうが重要なんですよ」

こうして東京、オーストラリア、福岡で学んできたことを集約し、2013年に自身のショップ< SWITCH COFFEE TOKYO >を目黒の住宅街にオープンしたのです。

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「コーヒーがものすごく好きな方たちは、おいしいコーヒーさえ淹れていれば来てくれるけれど、そこまで詳しくない一般的な人たちにもっとおいしいコーヒーを広めたくて、住宅街を選びました」

東京では今、世界の有名ロースターから国内の小規模ロースターのものまでありとあらゆる豆が手に入るうえ、シアトル系、ポーランド系、オーストラリア系、北欧系とさまざまなスタイルのショップが乱立しています。もちろん昔ながらの喫茶店文化も健在。

「カフェブームからスペシャルティコーヒーの普及、サードウェーブと呼ばれるカルチャーの台頭まで、日本のコーヒーを取り巻く環境が変化していくのを見てきました。そのうえで自分でショップを持ったのは、おいしいコーヒーをもっと当たり前の存在にしたかったから。暮らしの負担にならない価格で、ハイクオリティのコーヒーを気軽に飲めるようにしたかったんです」

その想いは身を結び、今や目黒でも代々木八幡でも、近所のお客さまがひっきりなし。客層はといえば、老若男女も国籍も超えて、実にバラエティ豊か。

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「常連の方も多いけれど、初めてでも気兼ねなく入れる敷居の低さを意識しています。コーヒーって小難しいイメージがあるじゃないですか。もちろん詳しく知ってそういうことを語るのも面白いけれど、知らなくてもいいんです。感覚で言えば、だしプレッソみたいにおいしい味が紙パックから出てくるくらいの気楽さがいいですよね(笑)。実際は液体にするとコーヒーは酸化しやすいから難しいけど」

たしかにコーヒーは、毎日のように飲むものでありながら、どこかマニアックな印象があるのも事実。

「コーヒーは独立した世界になりすぎてるかもしれない。苦いのを我慢して味をわかろうとしたりね。でも例えば食だったら、もっと単純に心地いいことを大事にしていますよね。コーヒーもそういう感じだったらいいなと思うんです」

実は、食べることもお酒を呑むことも大好きだという大西さん。

「しばしば北欧を訪れるんですが、現地でガストロノミーなどに行くと、食事がおいしいだけでなく、トレーサビリティがしっかりしていて、素材の味がわかるコーヒーが必ずあるんです。でも日本のレストランって、こだわりの食材を使って、ナチュラルワインやクラフトスピリッツを提供していても、コーヒーにはあまり力を入れていない気がする。その理由は原価率とかシェフがコーヒーをあまり飲んでいないとか、いろいろあるかもしれませんが、食のシーンとコーヒーがゆるやかに繋がっていくといいなと思っています」

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フードシーンと密接に繋がっている大西さんですが、実は学生時代にアルバイトしていたときの同僚が、今は仲良しのレストランのシェフだったりホールスタッフだったりすることが多いのだとか。

「プライベートでも、ナチュラルワインを出すお店にしょっちゅう行くんですが、振り返ってみたら、好きな店をやっているあの人は昔の知り合いだった、という(笑)。今は、コーヒーだけでなく、おいしいものを食べることもお酒を呑むことも好きな僕が提供することが、うちのコーヒーの特徴の一つかもしれないと思うようになりました」

実は< SWITCH COFFEE TOKYO >の卸先は、レストランやワインバーがほとんどだそう。コーヒー豆やオリジナルコーヒーカップのデザインも、近所のバーで知り合った"呑み友達"のデザイナーが担当。

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「嗜好が似ているのか、好きなワインやお酒が同じ人たちとは、食べものや建築、音楽などの話も合うことが多いですね。みんな引き出しをたくさん持っていて、多くを説明しなくても、なんとなく通じ合うんです」

そんな大西さんですが、普段は外食が多いので、家ではなるべくシンプルな味付けのものを食べようと意識しているといいます。

「高校生の頃から、親の不在時などに自分で料理をしていました。キッチンでアルバイトしていたときに覚えたこともあり、料理は好きですね。家では炭水化物を少なめにして、野菜をゆでたり、湯豆腐を食べたり。となると、やきつべのだしやだしプレッソが大活躍なんです。シンプルな料理って、和だしでもチキンでも、なにかしらのだしが入ってないと物足りなくなるから」

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鰹節や昆布からだしをきちんととることもあるけれど、やっぱり面倒なこともありますよね、と大西さん。

「鰹節を削るってところからやる人もいるし、だしパックを使う人もいる。その人の趣向や環境にもよりますが、こだわりの味がある人はもともとできる人だからそれでいいんです。でも、よくわからなくて適当な顆粒だしを使っている人は、やきつべのだしやだしプレッソを使ってみたらいいんじゃないって。最大公約数的に、みんながおいしいと思う味が簡単に手に入るんですから。夏のお歳暮にも、火を使わないで料理ができるだしプレッソを贈りましたよ」

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最近、作ったものは?と聞いてみたところ、教えてくれた簡単料理のおいしそうなこと!

「水とだしプレッソにしょうゆ、お酢、絹ごし豆腐を入れて、自家製辣油をかけて、万能ネギの刻んだのを散らしたのを、スプーンでくずして食べるとか。ケールの煮浸しを夜に作って冷蔵庫で冷やしておき、朝、冷えただしにゆでた素麺を加えるとか。だしプレッソがあればあっという間にできるものばかりです」

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作り置きの肉味噌と、中華スープの鶏ガラの代わりにだしプレッソを使ったという坦々麺もおいしそう。どれも簡単で手軽で無理のないものばかり。

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「コーヒーも同じで、インスタントコーヒーを使うよりは、近所のおいしいコーヒーショップに買いに行く、くらいが気軽でいいんじゃないかな。とはいえ、おいしいコーヒーが身近になるためには、自分にもっとできることがあると考えています。最近、ようやくECサイトを始めました。もちろん実店舗で接客したほうが伝わりやすいけれど、まるでお店で買い物するような感覚が伝わるサイトにしたいと思っています。どうやるかは、これから試行錯誤する予定(笑)」

取材・文/藤井志織

プロフィール写真.jpgプロフィール

1986年愛知県生まれ。慶應義塾大学在学中から、当時の東京を象徴する飲食店でアルバイトを経験。卒業後はオーストラリアの<THE PRESEMISES>、福岡の<ハニーコーヒー>で経験を積み、2013年10月、目黒に<SWITCH COFFEE TOKYO>を開業。2017年12月には代々木八幡に二号店を、2020年2月には日本橋K5に3号店をオープン。2018年、アメリカ『Gear Patrol』誌の「The best coffee roaster around the world」に選出され、Japan Roaster Competitionで優勝。