• だしと私 2021.06.08

vol.33 アンペキャブル シェフ 大坪慎一さん

人との出会いによって進化していく料理

長崎に〈アンペキャブル〉あり。食いしん坊たちのあいだで、言わずと知れた名店を営むのは、シェフの大坪慎一さん。主軸はあくまでフレンチですが、長崎の新鮮な食材を自由自在に扱い、長崎でしか食べられない独自の料理を提供しています。大坪さんが作る料理のおいしさと、大坪さんのお人柄に魅かれて、いつも店は大人気。

フランス料理というと、だしとはかけ離れたもののように思われがちですが、実はだしはフランス料理の真髄なのだとか。今回は、そんな〈アンペキャブル〉の料理とだしについてのお話です。

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2001年8月に開店した〈アンペキャブル〉も、もうすぐ20年。

「フランスで2年、東京では10年近く修業させてもらったので、その集大成と思って故郷の長崎で店を始めました。当初は長崎にないものは取り寄せたりしてフランス料理を作っていましたが、1年もしないうちに、『あれ、何をしてるんだろう、都会と同じことがしたくて店をやってるわけじゃないのに』と疑問を抱えるように」

長崎だから表現できること、長崎でしかできないことをやろう。そう考えた大坪さんは、地元で農家の畑や産地直売所、漁協を訪ねては、生産者の方々に会うように。

「生産者を訪ねるごとに、畑をテーブルに、海をテーブルに、ということが自然に日常となりました。都会になくて長崎にあるものを見つけるたび、地元の素晴らしさに気づかされてばかり。自然と、"ナガサキフレンチ"を意識するようになりました」

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大坪さんが日頃からお付き合いしている農家の方々は、無農薬や自然栽培など、持続可能な農業に取り組んでいることが多いそう。

「慣行栽培の農家さんもたくさん訪ねました。どんな農法にしても、その姿勢や取り組みを知ることが大切だと思っています。農業でも漁業でも覚悟を持ってやっている人に会えば、絶対好きになる。真摯に取り組んでいる方のお話しを伺うたびに、気づきがあります。おかげで、食材を扱わせてもらう立場の者として、食材とどう向き合うべきか、じっくり考えるようになりました」

開店当初から扱っている自然派ワインについても、その考えは同じ。この造り手と会いたい!という想いが溢れてきた大坪さんは、2003年からほぼ毎年渡仏し、ワインの生産者を訪ねています。

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「彼らのワインや姿勢、挑戦、暮らし......、造り手との時間は、彼らのワインと同じように僕の身体と心にすっーと染み込むように入ってきて、僕の料理に向き合う姿勢にとてつもない影響を及ぼしました。ワインも料理も食材も、その本質に触れ、知ることで、おのずと自分がどうあるべきかがわかる。僕の仕事も僕なりにこうあるべきだ、と気づいて、料理の根っこが定まりました」

だからこそ、大坪さんは実際に会って心通わせた生産者が造るワインは、その年の仕上がりに関わらず仕入れています。

「だって、どんな人がどうやって造ってきたかを知っているから、舌先の味わいだけで決められない。あとは俺にまかせろ、ってね(笑)。彼らの生き方にはとても共感するし、学ぶことがいっぱいあります。ミッシェル・オジェさんには"コティディエンヌを大切に"、マルセル・ラピエールさんには"君のありのままの信念を貫きなさい"と教わりました。ルネ・ジャンダールさんには、親友として接していただき、一緒にいるだけで気づきをたくさんいただいてます」

「食べることは生きること。食すためにワインがある」と、造り手に教わった大坪さんは、外食もするし、妻の手料理も大好き。そして店では、造り手の顔が見える食材、景色が見える食材、お付き合いを大切にしてる食材を使用した料理を提供。長崎という土地で、長崎の食材を、自分のフィルターを通してソリッドさせ、どう表現するか、ということを常に考えています。

「長崎でこそ楽しめる、真っ当なフランス料理を作っていきたい。今、ガストロノミーのイノベーションが進んでいて、日本ならではの食材や食文化を世界が取り入れたりしています。だけど、面白いからプラスする、だけでは深みが生まれてこない。それぞれのシェフが根っこを失わないようにしないとね。根っこっていうのは、アプローチの方法ではなく、何を伝えたいのか、ということ。それが僕の場合は、長崎の食材を使ったフランス料理です。そこで大切なのが、食材の生産者の考えを感じていること」

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だから今回、やきつべのだしを使った料理を作ってみて、すごくおいしくて楽しくて、可能性を感じたけれど、まずは鰹節の生産者を訪ねてみたい、と大坪さん。

「鰹節の作り方を調べなおしたんですよ。職人の話を聞くときに、きちんと理解しておくためにも、自分で鰹節を作ってみようかと思って」

自分が料理に使う素材の生産者は敬愛したいし、お互いに深め合いたいと考えている大坪さん。だからこそ、やきつべのだしも、その工場を訪れて、職人の働き振りを見て、それを伝えたいと思えば自然と〈アンペキャブル〉の料理になるのだと言います。

「実はだしはフランス料理では基本であり、欠かせない大切なもの。というのも、フランス料理では素材をいちど解体して、素材から抽出したフォン(だし)を戻して、同じ地域のものや関わった生産者の素材などを加えて、料理にするんです。鰹なら鰹のアラから、仔羊なら仔羊の骨や筋から、鯖なら鯖の骨から抽出し、素材自身に戻す。素材を再構築することによって、原型を際立たせ、昇華させる。見えない部分をとことん掘り下げ、丁寧に施すことで表現していくのが僕の料理。こういう考え方はフランス料理ならでは」

だから、素材と別のだしを使うことがなかったけれど、今回、鰹だしを使ってみたら、穏やかな素材を、主張しすぎることなく、風味よく引き立ててくれて、おいしい料理ができたとか。

「鰹節って、120日から6ヶ月もの時間をかけて仕込むんですよね。その歳月によって生まれたものだから、今までの鰹の骨でとっただしを使うのとは全然違う料理になった。この包み込むようなだしによって、日本料理は成り立っているんだなって気づきました」

例えばブイヨンを鰹だしに代えたりと、鰹だしをなにかの素材の代用にするだけならば、だいたいの料理が成り立ちます。だけど、だしだからこそおいしい料理を作るならば、と大坪さんは考えました。

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「だしがあることで、素材自身がよりおいしくなるものに使いたいですよね。それで、今、まだ香りが穏やかな走りのとうもろこしに合わせたらどうだろうと思いました。卵、生クリーム、牛乳、ベーコンを合わせれば、濃厚なおいしさは生まれるけれど、今の時期のとうもろこしを際立たせたいときは、茶碗蒸しみたいなふわーっとした食感のだしを使ったアパレイユがいいかもと」

大坪さんのとうもろこしのキッシュの作り方を教えていただきました。玉ねぎとシャンピニオンとベーコンをシュエし、茹でたとうもろこしを混ぜたもの(A)の半量を、18cm径の型で空焼きしたパートブリゼに敷き詰めます。卵1個とやきつべのだし(枯節1パックを200ccの水で7分煮出す)、塩、カイエンヌペッパー、生クリーム20ccで造ったアパレイユを流し入れ、200度のオーブンで焼きます。火が通ったらすぐに、Aの残りとチーズ、さらにとうもろこしを混ぜて上に流し入れ、再度オーブンで焼きます。仕上げにバターで焼いたとうもろこしを追いがけして。

鰹だしの燻製香によって、屋台で醤油を塗って焼いているとうもろこしの、あの懐かしい香ばしさも表現できました。

「初めて食べるけれど、ノスタルジックな感覚になる。この琴線に触れる料理っていうのが僕の料理なんです」

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鰹そのものに瞬間燻製をかけて鰹だしジュレをかけたら面白いかも。だしソワーズもいいし、だしジュレをのせてだしソワールもいいな。だしでポワローとじゃがいもを煮てもいいし、チーズとも合うはず。

ふわふわ鰹けずりを、温かい料理の上にテーブル上でかけて香りをシンクロさせるのも楽しいし、トリュフみたいに削りたてをかけてもよさそう。浜辺で摘んできた大根の花とも、ぜったい相性がいいだろうな......。

やきつべのだしから思いついたメニューを、次から次へと披露してくれる大坪さん。

やきつべのだし 鰹 荒節を使い、長崎のビーツに長崎半島の浜大根の花とさや、自家栽培のマイクロリーフを合わせた一品は、自作の器に。

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「素晴らしいワインを飲んだときの同じくらいの感動が、この鰹だしにはありました。パッケージもセンスがいいし、ギフトボックスから箱を引き出すと、中に入っている薄ーいパックがまた綺麗で。もらった人はすっごく喜ぶと思う、お土産の日本代表だね! 引き出し式なのは、だしを引く、ってとこにかけてるのかな(笑)」

大坪さんの笑顔のファンは多いけれど、周りにもいつも笑顔がいっぱい。それは大坪さん自身の朗らかな性格による楽しい会話も大きな魅力だからなのでしょう。

「フェイストゥフェイス、かつ、皆さんとフィフティフィフティの関係が築けたら理想。そのくらい、人が好きなんです。自然体で尊敬しあえることが続いたらいいなぁ」

そんな大坪さんですが、生産者に続いて、陶芸家との出会いがまた、人生に大きな影響を与えているよう。

「オープン当初は白磁の器を使っていましたが、有田の作陶家の川口夫妻に出会って、土ものを使うようになりました。陶器は使うことで育っていくことを教わったから。高千穂の作陶家の壷田夫妻からは、生きるスタンスや暮らしに根ざすことを感じ、今まで以上に意識するようになりました。ほかにもたくさんの陶芸家の方々を訪ねてきました。いつか、叶うなら弟子入りしたいし、自分の器を作りたい」

同じ粘土をこねても、一つとして同じものにならない。器はどこか、料理やワインと似ていると感じた大坪さん。これからの夢は、パンを焼く窯と器を焼く窯、シンプルな仕事場、居心地の良い食卓、快適な住まい、ほんの少しでいいので庭と畑のある暮らし。そこで大好きな人たちの素材やワインや器を使いながら、料理を作り続けていくこと。

だからこそ、こだわりたいのは持続可能な世界のためにできること。

「長崎という、採れたて&獲れたてを誇れる街に暮らしていますが、この20年で漁獲量の減少や魚種によっては獲れなくなったものもあることを実感しています。この愛しい資源を大切にし、未来に繋げていきたい。食にかかわるすべての方が、考えて行動していかねばなりません」

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笑顔で、しなやかに、自然体で。厳しい現実に対しても、怯むことなく進んでいく大坪さん。

「これまでの師匠や先輩、仲間たち、両親、なによりお客さまに育ててもらったおかげで今がある。そして生産者、陶芸家の方々との出会いによって、自然、環境、文化、暮らし方を反映させたい料理に変わってきた。いい人たちに出会えたっていうことが大きい。これからもその関係を大切にしていきたいし、一緒に歩んでいきたいと思っています。もちろんこれから出会う方々ともね」

取材・文/藤井志織

プロフィール.JPGプロフィール

長崎生まれ。高校卒業後 料理の道へ。大阪、フランス、東京、長崎にて修行した後、2001年8月、故郷長崎にて〈アンペキャブル〉をオープン。店名の由来は、フランス語のimpeccable(アンペカーブル)と長崎弁のキャーブリ(カッコつけしいという意、ちょっと羨望も含む批判語で今は言う人もいない死語だとか) をかけている。修行した南仏では、アンペカーブルがアンペキャーブルと発音されることもあり、長崎を日本のプロヴァンスと捉える気持ちも込めて。